年齢とともに少しずつ皮膚の張りが失われ、しわが刻まれていくように、脳も、心臓も、肝臓も、肺も、機能が少しずつ低下し弱っていきます。それはすなわち、生きるために絶対に必要な臓器・器官が時間とともにゆっくりと機能低下していくということです。

 

 どの臓器が先に機能低下するのか、機能低下の速度が速いか遅いかは、人によって違います。生まれつきもあるかもしれませんし、これまで生きてきた環境によっても違うでしょう。しかしいずれは確実にどれかの臓器・器官が、生きるために最低限の機能を維持できなくなるときが来ます。そのときが訪れるのが、普通は70代から90代くらいになるわけです。

 

 理由は何であれ、私たちの身体の重要な臓器・器官が生きるために必要な最低限の機能を維持できないとき、それが「死ぬとき」です。

 

 しかし、もし何らかの処置をして機能低下が生きるための最低限のラインを下回ることを回避できれば、命を失う理由はなくなります。

 

 たとえ交通事故で出血多量になっても、体内に残った血液が生命を維持できる最低限の量(普通は全血液量の3分の1を失うと生命を維持できないと言われています)に達する前に出血を止め、輸血をして最悪の状態を回避できれば、死ぬことはありません。あるいは急性肝炎になっても、肝臓の機能が最低限の機能を下回る前に肝臓の炎症を食い止められれば、死には至らず、肝臓の機能の自然回復を待つだけで済みます。

 

重要臓器の機能不全が死をもたらす

 

 

 さらに言えば、医療の発達により、最低限の機能を下回っても生命が維持できる場合も増えてきました。たとえば現在では腎臓の機能を相当失っても、必要に応じて人工透析を行うことで、生命を維持できるようになっています。また、インスリン(ホルモンの一種)を供給するという膵臓の機能が失われても、注射でインスリンを補うことで、生命を維持できるようになりました。近い将来、人工心臓がさらに開発され頻繁に使用されるようになれば、心臓の機能不全が理由で死ぬことも減るでしょう。

 

 しかし脳や血液、肝臓、肺などは、残念ながら今の医学をもってしても補うことが難しいものがあります。こういった重要臓器が機能不全になってしまえば、残念ながら生命を維持できずに死んでしまいます。

 

 もっとも今、臓器移植やiPS細胞などの再生医療が注目されています。これらが発達すれば、今の段階では代償できない臓器の機能を補うことができるようになり、死ぬ理由はますます減っていくでしょう。

 

なぜ人間はがん≠ナ死ぬのか?

 

 病気で亡くなる場合、重要な臓器が機能を失っていくスピードは交通事故のように一瞬で起こることはなく、通常はゆるやかであり、急に亡くなることは稀です。がんの場合も、生命を維持できない理由を満たさなければ、いくらがんが進行しても死ぬ理由にはなりません。多くの人は、がんが進行すれば確実に死に近づくと考えがちですが、いくらがんが進行しても、死ぬ理由を満たさなければ絶対に死なないのです。

 

 それでは、がんが進行して死んでしまう理由はどこにあるのか、例を挙げて見てみましょう。

 

 骨から発生するがんを骨肉腫といいます。どこかよそにできたがんが骨に転移したものではなく、あくまでも骨の細胞ががん化して、骨から塊をつくっていったものです。この骨のがんが進行するとどうなるでしょうか。

 

 骨にできたがんは増殖しながら腫れ上がります。骨を覆っている骨膜を刺激し、今ある正常な骨を破壊しながら大きくなるので、痛みをともなうかもしれません。

 

 しかしそれだけで死に至ることはありません。骨は骨格を維持するために必要なものですが、生きるために絶対に必要な臓器ではありません。ということは骨肉腫の患者さんは、骨にできたがんが進行して大きくなっても、すぐに亡くなってしまうことはありません。

 

がんが転移しただけでは死なない

 

 骨肉腫の患者さんが死に至る理由を満たすことがあるのは、肺や脳といった主要な臓器に転移したときです。そこに転移したがん細胞がどんどん増えることで、生きるために絶対に必要な臓器の機能が低下し、生命を維持できなくなる場合があります。

 

 これを別の角度から見れば、骨肉腫がいくら進行して大きくなったり、転移したりしても、生命に関わる臓器に転移・進行して臓器不全にならなければ、死ぬ理由はやってこないということです。

 

 私は、がんが見つかったとき、すでにがんがかなり進行している患者さんを診ることがあります。そのような患者さんは、「先生、私はステージ4なんですよ。もうダメです」と言って、とても落ち込んでいます(ステージというのはがんの進行度合いを示す言葉で、1〜4に分類され、数字が大きいほど進行が進んでいます)。治療していたのに、肝臓に転移した∞肺に転移した≠ニ落胆している人も多く見受けられます。

 

 このような患者さんがショックを受けるのは当たり前ですし、気持ちも理解もできます。落ち込んでしまうのは「がんの進行=死へ近づく」という感情が一気に高まるからでしょう。しかし今まで説明してきたように、がんが進行したからといって、死に直結するわけではありません。死ぬためにはそれだけの理由が必要です。つまり肝臓や肺が生命を維持できなくなるほど機能が低下しなければ死にません。